西宮市 不動産の対象
民間の現実を知らない学者や官僚は、何かというとすぐ大きな雇用創出の試算を出してくるが、それらはほとんど当たったためしがない。
例えば一九九七年の財政再建の時も、米国のサマーズ財務副長官(当時)が、そんなことをやったら日本経済が持たないと警告を発したにもかかわらず、当時の大蔵省は規制緩和で需要を創出できると反論して財政再建を強行、その結果、日本経済はメルトダウンと言えるほど悪化してしまった。
また一時流行したマルチメディアブームの時も、官僚や学者はこれで一三○万人も雇用が創出されると騒いだが、今やそのブームも雇用もどこへ行ったのやら影も形もなくなっているのである。
最近、T氏がよく口にっただろう。
実際に短期間での処理が最初から不可能だった一九八二年の第一次中南米債務危機の時は、アメリカは処理を急ぐどころか、あえて時間をかけて経済全体の安定を優先する手法を選んでいる。
T氏の主張には、今すでに失業している三三八万人を含めた失業対策が必要であるということが、微塵も感じられないのは残念なことである。
五○○万人の雇用創出の前提も、これまでの前例同様極めて危うい分析に基づくものである可能性が高い。
T氏の発言でさらに不可解なのは、彼はあたかも今現在、失業者はゼロであり、新たに発生する十数万人分の問題なら、セーフティネットをつくればなんとかなると一言っているような印象を与える点である。
確かに失業者の合計が十数万人なら、そのような政府の対応で何とかなるかもしれない。
しかし今現在、すでに三三八万人が失業しており、しかも史上最悪の失業率がずっと続いているのを見れば、政府の失業対策はまったく手付かずの状態であることがわかる。
T氏の言うようにセーフティネットがそんなに有効なら、まずそれで現在失業している三三八万人の雇用を創出し、その後に、さらなる不良債権処理に関わる十数万人の失業者を出すのが順序というものだ。
本内閣が財政再建路線を打ち出した時の財政赤字は、二二兆円(九六年度)しかなかった。
これが大きいということで消費税を上げたり、大型補正予算を見送ったりして財政再建に走ったわけだが、今の財政赤字は三○兆円弱であり、九六年度より八兆円(三六%)も多いのである。
なぜこんな結果になったかというと、この時の財政再建はあまりにも時期尚早にすぎて、経済は五期連続マイナス成長という事態に陥り、税収が激減する形で傷口が拡大してしまったからである。
しかも、現時点で三○兆円近くの赤字を出しているのに、大半の経済指標は現在でもまだ九六年度平均に達していない。
九七〜九八年に傷口があまりにも大きく開いてしまったために、株価から失業率まで、ほとんどの経済指標が九六年度の水準を下回ったままなのである。
ところが、現在はすべての経済指標が九六年度平均を大幅に下回っているのである。
ということは、今回の発射台は前回に比べ、はるかに低いわけで、前回の高い発射台でも到達できなかったことが、今回のこんなに低い発射台で到達できるわけがない。
それどころか、こんなに体力が疲弊している時に財政再建に走ったら、前回と同様、財政赤字は減るどころか、大幅に増えてしまいかねないのである。
なぜ九六年度との比較が意味があるかと言うと、当時のH首相は九六年度の経済状況を見て、これなら財政再建に走っても大丈夫と判断したからであった。
ところが、実際にやってみたら経済は五期連続マイナス成長という先進国の戦後の経済史では最悪の事態になってしまった。
また国債の金利は、九七年度の財政再建開始時は二・三%だったのが、今はそれより四割以上も下の一・四%台である。
この一・四%台の国債利回りは人類史上最低の長期金利であり、しかも債券の価格は金利に反比例するので、今の国債価格は史上最高値である。
マスコミは絶えず日本の財政赤字の大きさを問題視しているが、一・四%台の長期金利に代表される現実の市場からのメッセージはまったく逆で、この超低金利はもっと積極的に財政を打たないと、事態はさらに悲惨なものになると言っているのである。
九七年時点でも、この債券市場からの金利というメッセージに耳を傾けていれば、財政再建というとんでもない間違いを犯さずに済んだと思われる。
お金を貸そうとしている結果である。
しかも国債の価格がここまで上昇したということは、需要に対して国債の供給が決定的に不足している証である。
これは日本経済という生き物が、債券市場というメッセンジャーを使って、政府に対し、今は積極的に財政を出す時期であり、財政再建に向かう時期ではないと叫んでいると考えるべきである。
また同時に、この市場からのメッセージは、今の日本経済には民間からの資金需要がなく、依然として超貧血状態にあることを示している。
つまり、年間の財政赤字が九六年度に比べ三六%も拡大したのに、金利が四○%も下がっているということは、財政赤字の拡大以上に、民間の資金需要が貯蓄に比べて落ち込んだことを示している。
今の財政の役割は何かというと、企業を含む人々の所得を維持することである。
所得さえあれば、企業は借金返済の原資を確保することができるし、個人の場合も仕事があれば住宅ローンを払っていける。
しかしながら、そこを切られて所得がなくなってしまったら、企業は倒産するしかなく、個人は失業ということになる。
そうなると借金返済もできず破綻してしまうしかない。
しかも、バランスシート問題をかかえている借り手は一社や二社ではなく、日本中で何十万、下手をすると何百万という借り手がこのような状況に置かれている。
ということは一回倒産の波が発生すると、それはとめどなく大きな連鎖倒産をもたらす危険性があるのである。
そして、それは大恐慌に直結するシナリオである。
そういう意味で、財政が担うものは非常に大きいのであって、今の日本経済は財政の下支えがあるからこそ、かろうじて命脈を保っているのである。
財政の出動で景気が縮小均衡への悪循環に陥るのをずっと防ぎつつ、企業のバランスシート修復を支援し、後者の修復が終わり、民間が再び前向きの投資に動き出した時に財政再建に走る。
これができれば日本は有史以来の大経済実験を成功させたことになる。
ここで日本が証明したのは、不幸にも資産バブルが発生して崩壊しても、適切な政策を忍耐強く実施すれば、経済全体を大恐慌に落とし込むことなく、あと数年、今の大実験を続けてゴールまでたどり着くか、それともここで一○年間続けた実験を放棄して大恐慌シナリオを受け入れるか、それが今の日本の財政が直面している選択肢なのである。
もちろん一回大恐慌シナリオに陥ると、そこからの脱出にはそれこそ天文学的な財政支出が必要なことは、すでに人類の歴史で何回も証明されていることである。
ということは、今の日本に与えられた選択肢は、これまでのように傷口を最小限にとどめたまま走るか、それとも傷口が大きく拡大するのを放置してその後に高い治療費を払うのかの二つしかないことになる。
このなかで前者を試すのは人類史上でも今回の日本が初めてであり、したがって本当に成功してゴールインできるのかどうかについても前例がない。
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